進む広島公教育改革 県立広島中・高等学校
平成19年4月11日 世界日報
平成十六年四月にスタートした広島県初の中高一貫校、県立広島中・高等学校(東広島市、番本正和校長)の第一期生が、同校が掲げた中期達成目標の一つである「卒業生の国公立大学合格者70%合格」を達成した。同校は広島県の公教育再生のシンボル的存在として創設された。県の教育関係者は、同校の成果が他校にも良い刺激になってほしい、と期待している。
初の県立中高一貫校 7割が国公立大に合格
三月末までに明らかになった数字によると、今年の広島県立広島高等学校の卒業生二百十人のうち百四十六人が国公立大学に合格し、同校が創設時に掲げた「中期達成目標」の一つである「卒業生の国公立大学合格者70%合格」という数値目標を達成した。
合格した主な国公立大学の合格者は東京大学の二人、北海道大学二人、京都大学一人をはじめ地元の広島大学が三十四人、山口大学十三人、九州大学六人、愛媛大学五人、県立広島大学九人、北九州市立大学六人など。全体の内訳は国立大学二十六校九十一人、公立大学十八校五十五人となっている。
また、広島県下の公立高校で現役合格者比率70%という数字は、県立尾道北高校の79%、広島市立基町高校の73%に次ぐ高い水準。
広島県の公教育は過激な人権平等教育などの影響で、教育現場が荒廃し、学力も著しく低迷した。国会でも問題となり、平成十年、文部省(当時)が異例の現地調査に入った。文部省から是正指導を受けた広島県が公教育の正常化に取り組む途上、平成十一年二月には卒業式の国旗の掲示、国歌の斉唱をめぐり、教職員の反対に遭った県立世羅高校の石川敏浩校長が自殺。平成十五年三月には、教育現場活性化のための民間出身者起用の一環で赴任した慶徳和宏・尾道市立高須小学校長が自殺するなどの痛ましい事件が相次いだ。
このような状況下で、広島県下初の公立中高一貫校は、過去十年に及ぶ広島県の教育正常化のための取り組みを象徴する出来事だった。同校は、その学校経営計画で「経営理念」の「地域社会における自校の使命」として(1)本県教育を先導し本県を代表する学校(2)本県教育改革を象徴する高校――という内容を掲げている。
さらに、同校はこの使命を達成するための中期達成目標として、(1)生徒・保護者の学校満足度90%以上(2)生徒の授業満足度80%以上(3)一期生国公立大学合格者数70%以上――を掲げた。
保護者と生徒を対象としたアンケート調査によれば、中期達成目標のうち、(1)、(2)は創設当初からほぼ90%以上の高い評価を得てきた。
実質的な数字を掲げた(3)は、広島の県立高校の実情からみて簡単な数字ではなかったが、創設三年で初めて大学受験に挑戦する卒業生を送り出した県立広島高校はこの目標を見事に達成。特に地元広島大学に三十四人が合格したのをはじめ、最難関国立大の東京大学に二人、京都大学に一人が合格したことは、同校の目標達成への積極的で着実な取り組みが実を結んだものといえよう。
広島県の教育正常化は、県立広島中・高校創設ばかりでなく既存の県立・市立高校がそれぞれ学校経営計画を立て、現役合格者比率についても具体的数字を挙げて取り組む学校もあり、徐々に進みつつある。
しかし、その一方でこのような取り組みを行っている広島県の公立高校すべてで望むような結果が出ているわけではない。懸念される公立高校の二極化に歯止めを掛け、公教育全体の底上げにどう取り組むかが次の大きな課題といえよう。
広島県教育委員会指導第二課 古前勝教・高校教育指導係長の話 入学当初からの進路希望に合わせた志望校別の指導や、苦手科目の克服のための取り組みといった集中的かつ、きめ細かな指導や、受験に向けた教科学力だけでなく総合的学習の時間を用いて教養的な知識を習得させるといったことに教員が結束し、一丸となって取り組んだ成果だと思っている。
進路目標達成に取り組む
広島県立広島中・高等学校 番本正和校長に聞く
創設わずか三年で、初めての卒業生の70%が国公立大学合格という成果を上げた広島県立広島中・高等学校――。目標達成のためにいかなる努力や工夫をしてきたのか。同校の番本正和校長に聞いた。
(聞き手=入江 佑)
教職員が共通の志で燃える
55分授業や夏期講座実施
――今年、広島県立高等学校の第一期生が、中期達成目標の一つである国公立大学合格者数70%以上達成という目標を達成したことについて、どのように評価していますか。
本校に学ぶ生徒一人ひとりの進路目標を達成させることが、私たちの使命であると考え取り組んできた結果だと思っています。高校入学段階でアンケート調査したところ、「国公立大学にいきたい」という生徒や保護者が9割ぐらいおり、「国公立大学70%」を中期達成目標として掲げました。具体的には、生徒一人ひとりの進路目標を達成させるためにきめ細かな指導を行い、その結果として70%以上の目標をできたのだと思います。
――新設中高一貫教育校である広島県立広島中・高等学校の使命として「本県教育を先導し、本県教育改革を象徴する学校」という言葉が掲げてありますが、創設以来、校長として大きな期待の寄せられた新設校の基礎づくりと、具体的な目標達成を同時に実現するというのは苦労が多かったのではありませんか。
私は開校準備局の時から、十人ほどのスタッフと共にこの学校にかかわってきました。今でも忘れられないのは平成十六年の四月一日に、初めて教職員が集まった日のことです。私はその場で、「いろいろな思いをもって赴任してこられたと思うが、この学校の使命は県民の期待に応え、この学校に学ぶ生徒一人ひとりが生き生きとした学校生活を送り、自分の進路目標を達成させることにある。その結果、保護者もこの学校に自分の子供を通わせたいということになる。そのような学校を皆で創ってゆこう」と話したのです。
その時、初めて一堂に会した教職員の生き生きした姿を今でも思い出します。また、その後の懇親会がいつまでも終わらないのです。新しく高い志の学校を一緒に創る、という共通の目的実現のために集まった者たちが、それを確認し、その実現に向け共に歩んでいくんだという意気込みが感じられ、とても初めて集まった集団とは思えませんでした。
仕事はやらされているという気持ちだと、やる気や士気も高まらないのですが、自分で創っているという意識があったため、取り組み自体が自己実現につながり、それが良い循環を生んできたように思います。
生徒たちも、特に今年卒業した第一期生は先輩もいない中、自分たちでこの学校の校風、特色、伝統を創り上げてゆくんだという気持ちがありありとうかがえました。
――教職員の皆さんと入学した生徒たちが一つになり、この学校の校風を共に創ろうとしてこられたということですね。保護者の方たちの姿勢はいかがでしたか。
保護者の皆さんもとても協力的ですね。また地域社会や県、教育委員会からもサポートしていただき、また適宜、適切なご指導を頂いています。文部科学省の関係では「ことばの教育」の指定を受けており、文科省から初等中等教育局長はもとより、事務次官も視察に来られました。
――大胆な公教育改革が推し進められてきた広島県にあって、この県立広島中・高等学校は、既存の県立・市立学校を改革しつつ、広島県の公教育のあるべき姿、具体的なモデル、目標を示すために設立されたと思います。そのことがまさに「本県教育を先導し、教育改革を象徴する学校」という言葉に示されているわけですが、その目標は具体的に実現しつつあるとお考えですか。
そのように実感しています。
――今回の入試の成果は長く低迷した公教育の中で画期的だと思います。特に、難関国立大といわれる東大に二人、京大に一人、九州大学に六人、さらに地元広島県内からの合格者が少ないといわれてきた広島大学に県立高校としてはトップの三十四人の合格者というのは、特筆すべき結果だといえると思います。今回の結果を踏まえて、新たな目標といったものがありますか。
今までの取り組みがすべて良かったという評価を下せば、慢心して今後の成果が下がってゆくことも考えられます。そこで今回の結果を吟味し、よく分析、検討して、課題が明らかになれば、それを改善してゆくことが大切だと考えています。基本的には授業時間数を確保し、さらにきめ細かい指導を行うなどして、より高いレベルの教育を展開していくことが必要になると思います。本校では普通50分のところを「55分授業」を行っています。これは、授業時数を10%増やすように、との「教育再生会議」の提言とも合致しており、それを先取りしているともいえます。また、夏休みも既に短縮し、ほぼ一カ月としています。本校では生徒たちは夏休み中でも「夏期講座」という形でほとんど休みなく学んでいます。一週間から十日間余り、お盆の前後くらいしか休まず勉強を続けています。
――昨今の教育の現場、特に中学校では「いじめ」の問題などが深刻な問題となってきています。高い動機づけをもって入学した生徒と、同じく新しい学校の校風と実績を残そうという教職員から成る環境では、そのような問題は表面化しませんでしたか。ともすれば、高い目標はストレスの原因とも考えられるのですが。
課題をもった生徒が全くいないわけではありません。そういう生徒に対して担任一人ではなく、本校にある保健部の先生や養護教諭、スクールカウンセラーなどが連携しきめ細かな指導によって課題を解決するようにしてきました。
――印象深いエピソードをお聞かせください。
本校ではできるだけ最後まで生徒の面倒を見ようということで、三月一日ではなく十六日に卒業式を行いました。卒業式は学校行事の中で最も重要な行事の一つであり、教育的意義も非常に大きいと考えていますので、私の卒業式に懸ける思いは大きいものがあります。この点について教職員に話し、生徒にも伝えました。三年生には、「この学校を去るに当たって、国歌・校歌の斉唱は当然だが、加えて『仰げば尊し』を歌ってはどうか」と話したのです。ただ、校長としての立場から歌うことを押し付けるというのではなく、「この歌の意味を考えながら声に出して、心を込めて歌ってほしい。この歌にある『師』というのは、学校の先生に限らず自分の周りにいる、自分自身を高めてくれた存在を指しており、先生や親だけでなく周りのものすべてのものに対して感謝の気持ちを込めて声を出して歌ってほしい」と話しました。すると生徒たちは声を出して歌ってくれました。式辞でも、「今あるのは君たちの努力の結果でもあるけれども、周りの人々とのさまざまなかかわりの中で成長することができたのだ」ということを申しました。
また卒業式の予行演習の場で、卒業式で各クラスごとに「ありがとうございました」と言ってはどうかと言ったところ、各クラスごとにとても大きな声で、それそれ「ありがとうございます」と言うのを聞いて感動しました。さらに保護者に対しても自主的に、感謝の心を込めて「ありがとうございます」と言うのを聞いて、また感動しました。感動や感謝の気持ちが廃れている中で、こうした学校文化がこの姿を見ていた下級生によって受け継がれ、この学校の伝統の一つになるのではないかと思います。これを見た学年主任もボロボロ涙を流していました。
もう一つ今年に入って感動したことがあります。それは一月の始業式のことなのですが、式が始まる前に、二年生の応援団の団長が「始業式の後、センター試験や大学受験に臨む三年生を激励させてほしい」と申し入れてきたのです。ニュージーランドのマオリ族に、上半身裸になって奇声を上げる「ハカ」というあいさつがありますが、先輩たちの姿を見て自分たちも頑張ることができたという気持ちを込めて、「ハカ」を踊って「皆さん頑張ってください」と激励したのです。一月六日の寒い時期でしたが、これに三年生も返礼するということがありました。生徒の間のそのようなやりとりを見て私も感動しました。こうして本校の校風が創られていくと感じた次第です。